読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

情熱と気楽さ

読んだ本、観た映画

シン・ゴジラで復活

映画

比較的近い場所に映画館があるにも関わらず、私ときたらもう何年も映画を観たことが無かった。

映画だけではない。

小説も、マンガも、フィクション全般からは距離を置いたままの毎日を送っていた。

 

特に理由らしい理由はなかったように思うけど、昔、子供の頃に「漫画家になりたいなあ」みたいなぼんやりとした夢を抱いていた頃、「映画を観ろ、マンガを読め、小説も読め」みたいなアドバイスを実行してみようとしても苦痛でしかなくて、「ああ、私、あんまりフィクション好きじゃないんだな」と思ってしまったことと、誰かが組み立てた「オハナシ」よりも、現実の史料の方がずっとずっと面白いと感じたことが、私がフィクションから遠ざかる原因といえば原因だったのかもしれない。

 

で、シン・ゴジラ

実は私の周りには「シン・ゴジラにハマった!」という人は居らず、代わりに「君の名はにハマった!」という人たちは複数居るという環境だった。

私はちょうど、なんとなく行き詰まりを感じてて、気分転換の意味でも、そろそろ何か映画は観たいなあ、と思ってた。

 

でもねえ……

「君の名は」は無いな。

だって「イイ、イイ」と言ってる彼らと趣味が合ったためしがないもん。

だったらシン・ゴジラかな。

ガメラは観たことあるけど、ゴジラシリーズはひとつも観たことが無かったことも、選ぶ理由のひとつとなった。

 

 

劇場で映画が始まると、私は身じろぎひとつできなかった。

 

膨大な情報を聞き逃すまいと、集中力を高めてスクリーンにのめり込んで、のめり込んでることすらそのうちわからなくなった。

 

蒲田くんが現れた頃からは、もうずっと泣いてた。泣きながら観てた。

街が、日常がこなごなになっていく怖さ。

素早い政治的判断が求められ続ける状況。

ゴジラが悪い訳ではないのに、というやるせない気持ち。

 

巨災対周辺の人々の動きに笑ったり助けられるような気持ちになりつつも、何度も何度も涙は流れた。

 

 

映画が終わった後、私は

 

「フィクションってこんなに面白いもの作れるのか!」

 

「フィクションって、こんなに面白いもんだったのか!」

 

「もっとたくさん映画が観たい! 小説も読みたい!」

 

と興奮してた。

シン・ゴジラに対する興奮が、何故だかフィクション全体に拡大されてしまってた。

 

 

その後Twitterであれこれトリビア情報を得てはまた確かめに映画館へ赴く日々が続いて、これまでにシン・ゴジラだけでも6回観てしまった私がここにいる。

 

 

シン・ゴジラは、ストーリーやキャラ設定なども絶妙だったけど、私は多分、東日本大震災で傷ついてしまった心の奥を癒すために観ていたように思う。

 

あのとき、本当に怖かった。

怖くて怖くてそのまま固まってしまったものを、やわらかくして、涙と共に洗い流してくれた作品だと思う。

 

 

 

にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村

 

f:id:polcadot:20161023145258j:plain

f:id:polcadot:20161023145422j:plain

f:id:polcadot:20161023145437j:plain

f:id:polcadot:20161023145451j:plain

f:id:polcadot:20161023145517j:plain

f:id:polcadot:20161023145516j:plain